制度には慣性がある、とされる。だから、存続条件を失っても容易には効力を失わない、と説明される。日本型資本主義では、ときに、慣性という表現では足りない強い力が観察される。他の制度の成立を要請したり、逆に拒んだりする「拡張性」といえるものだ。参加者の利得逓増欲求がもたらす「自律的補強性」も含めて、制度と装置について考察する。
制度には増殖力があるのか
制度と装置
本題に入る前に、本稿で「制度」とよぶものについて整理しておく。日本型資本主義を支えるのはメインバンク制、終身雇用制、行政指導(非公式な制度・暗黙の合意)の三つの制度であり、これらからいくつかの制度が派生的に成立したととらえる。一方で、株式持ち合いや系列(金融・取引)、企業別組合は制度存続のための支持・安定化装置と位置づける。また、制度の安定性がどのような関係構造から生じるかを捉える概念として「制度的補完性」を用いる。
制度から派生する政策
終身雇用制には、政策を巻き込んだ拡張性がみられる。年金制度との補完性については第3回で触れた。1960年代以降、大都市圏の住宅政策も、のちには所得税制も、この補完性との均衡を目標点として設計された側面がある。
日本住宅公団(現・都市再生機構)は大量に団地を造成し、供給した。典型的な間取り(田の字プランなどと呼ばれる)には、終身雇用の父と専業主婦の母、子ども二人という「モデル家庭像」が刷り込まれている。米ソ冷戦下で「西側陣営の生産センター」の役割を果たすために、急いで第二次産業に労働力を動員する必要があった。
制度はなぜ独り立ちできないのか
「株式持ち合い」がかすがいになる
終身雇用制を支えるのは、企業に長期的視野で資金供給するメインバンク制である。同時に、安定株主に守られて企業の経営権が簡単には脅かされない保証があることも軽視できない。株式持ち合いが支持装置として効いている。
のちに、金融自由化の波にさらされ、日米構造協議でも俎上にのった株式持ち合いが容易に解消しなかった要因として、終身雇用制の選択的適合が働いた、とみることができる。株式持ち合いが崩壊して敵対的買収が横行すれば、終身雇用性は揺らぐ。同様に、1990年代以降、多くの企業で社内評価・人事・雇用制度の改革が試みられたがことごとく失敗した原因も、根底には終身雇用制と年金制度を核とする補完性のネットワークにあったと指摘しておきたい。
制度は制度を拒絶する
先に成立した制度的補完性は後続する制度を選別する傾向を持つ。
メインバンク制も矛盾する制度の充実を阻んだ。メインバンクは資金供給源としての地位と情報を独占することが存続条件だった。この状況を脅かす制度とは補完しないし均衡もしない。企業が金融市場から直接、資金を調達するルートが本格的に開かれるのは1980年代になってからである。この背景にも、選択的適合する制度の特性がある。
矛盾を吸収するメカニズムの正体は何か
「系列」の多面性
次に、「系列」にみる「自律的補強性」に焦点を移す。
メインバンク制と終身雇用制の安定化装置である「系列」は多面的な機能を備えている。最も重要なのは、系列内企業集団が抱える矛盾を吸収する機能である。人事制度をはじめ、不況時の在庫調整など、構造的ともいえる矛盾を内部コストに置き換え、処理する。このシステムが下請け企業に至るまで雇用を守り、賃上げを可能にした。
知識共有と離脱コスト
系列取引が単なる慣行の域を超える形に深化したのが「トヨタ生産方式」である。トヨタのカンバン方式は部品メーカーからアセンブリーメーカーまで、参加者がすべからく生産思想を共有し、情報の非対称を極小化した知識共有型ネットワークといえる。カイゼンを繰り返すことで参加者の信頼関係と技術的適合性が高まり、離脱コストが逓増する。
制度・装置はなぜ自律的に動くのか
参加者が抱く利得の期待値
参加者は無駄な在庫や余計な生産活動から解放され、利得の期待値が上がる。より多くの利得を協働して求めるところに均衡が成り立ち、価値創出ユニットとして固定化していく。このプロセスは自動車という一つの財の生産工程に限定してみられる現象である。だが、系列という装置に、自律的補強性が備わっていることを示すのではないだろうか。
系列取引の深化は何をもたらしたのか
効率化のインフラに
トヨタ生産方式は一自動車メーカーの方法論だ。だが、この研ぎ澄まされた効率化志向は局地にとどまらなかった。1970年代に入り、ドル・ショック(円の切り上げ)、石油危機に見舞われた日本の産業界は高度成長期に別れを告げ、低成長期への突入を覚悟した。多くの製造業の経営方針は拡大一辺倒の積極投資を改め、質重視の慎重姿勢に転換した。系列取引にも同様の効率化シフトが広がった。
効率化がメインバンク制を揺さぶる
前述のように、系列取引効率化のモデルとなった「トヨタ生産方式」では在庫は高回転し、無駄は極限まで圧縮される。各生産段階で必要量をジャスト・イン・タイムで仕入れ、必要量だけを生産し納品する。結果として資金回転にも無駄がなくなる。資金需要の減少につながる。皮肉なことに、系列取引の参加者の利得獲得戦略が、系列取引が支えているはずのメインバンク制を揺さぶるきっかけとなった。
制度はなぜ生き延びるのか
では、メインバンク制はいつまで維持されたかといえば、少なくとも1997年の金融危機までは機能を保っていた。空洞化が始まって20年余りである。
支え合う関係は容易にほどけない
成立条件を失っても、あるいは存続条件すら失っても制度が生き続けるのはなぜか。理由は「補完性のある制度との均衡が容易に崩れない」こと、「実存的要請、機能的存在意義が消滅しない」ことだ。「参加者組織の防衛本能に支えられている」場合もある。
メインバンク制を例にとれば、銀行に対する資金需要が減退して制度の存続条件に揺らぎが生じても、参加者の終身雇用制への期待値は変わらず大きい。終身雇用制がメインバンク制を必要とする限り、メインバンク制は簡単には衰退しない。同様に企業から買収防衛のために株式持ち合いを差配する機能を期待されている限り、メインバンク制は衰退しない。制度からの要請、参加者からの期待が、自壊しつつある制度・装置を延命させるのである。