終身(長期)雇用制とは企業、労働者、銀行、政府それぞれの利得が編み出した均衡である。自然発生的に現れた慣行ではない。もちろん、善意と美徳の産物でもない。そして、構造的必然として、メインバンク制と結びついた。
終身雇用制の成立に時間を要したのはなぜか
成立条件が複数の制度・条件に波及
終身雇用・年功序列賃金制は日本型資本主義を支える根幹制度だが、成立条件がそろうまでには時間がかかった。制度として安定するのは1960年代である。このことは終身雇用制が他の複数の制度との間で相互に補完し合う関係があったことを示している。
年功序列賃金制については1939年、国家総動員法に基づいて発出された賃金統制令に起源を求める見方がある。戦時経済統制下で政府・軍部は労働力を安価で安定的に確保する必要に迫られた。国民徴用令でかき集めた労働者を生産現場に縛りつけ、見返りに生活資金を保証した。戦後の終身雇用・年功序列賃金制への明示的な連続性はないが、一つのモデルとして影響を与えたのは間違いない。
雇用問題はなぜ統治の優先課題となったのか
失業は社会騒乱の種
GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が1947年の「2・1ゼネスト」の中止を命令して以降、組合活動は選別された。しかし、労働運動が下火になったわけではなく、経営側の合理化策(解雇通告)に労組が激しく抵抗する労働争議が全国で続いた。失業が社会騒乱の火種だった。
1949年のドッジ・ラインは労働市場に激しい動揺をもたらした。施行からの1年間に約8000社が倒産・事業停止し、失業者があふれた。この不況は1950年6月に始まる朝鮮戦争でいったん収まる。米軍から大量の物資の発注が舞い込み、景気は急速に回復する。米ソ冷戦下で日本が「西側陣営の生産センター」として機能し始めた。
生存権かけた労働運動
ただ、1950年代も景気循環によって、また構造不況業種の整理・再編に伴う合理化などで労働争議は沈静化しなかった。労働運動は階級闘争理論につながる。企業内組合がいくら穏健といっても、生存をかけた闘争になれば過激化する。
体制の安定装置としての終身雇用制
連合国軍占領体制を脱したのちの日本政府は労働運動の矛先が政府に向くのを恐れた。雇用問題の不可逆的解決は、体制転覆を防ぐ反共産主義闘争の主要テーマの一つに位置づけられた。労働需給は市場に任せる問題ではなく、統治イシューとなった。雇用問題解決の決め手となり得る終身雇用制は体制の安定装置として期待された。東西冷戦を生み出したイデオロギー対立は国内にも投影されていた。
終身雇用制の成立に司法はどうかかわったか
解雇権濫用法理
終身雇用制の成立条件は司法からも投入された。「解雇権濫用法理」である。「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は、その権利を濫用したものとして、無効とする」。いまでは労働契約法(16条)に明示され、経営者による安易な整理解雇を防いでいる。
蓄積される判例
1950年代からこの法理を根拠とした判例が積み上げられた。日本食塩製造事件でこの法理に基づく最高裁判決が確定するのは1975年のことだ。だが実務上は1960年代には、経営者の解雇権には縛りがかかっていた。
なぜ雇用は維持可能だったのか
封印された解雇権
終身雇用制の成立条件は出そろった。ここに資金面の裏付けというピースが嵌まる。企業は景況の波にさらされるが、解雇権は事実上、封印されており、人件費を調整弁にはできない。需要減退が深刻化するとキャッシュフローが悪化する。そこで、メインバンクの出番となる。
メインバンクによる「三方よし」
第2回で書いたように、メインバンクは貸出先の財務状況を常時、緻密にモニタリングしている。業績不振が景気循環の影響か、構造的な問題を抱えているからなのか、見極められる。景気循環による一過性のものであると判断すれば、必要な資金を供給し救いの手を差し伸べた。短期的な資金手当ての不安から企業経営者が解放されて初めて、雇用の維持が現実味を帯びる。
銀行が近視眼的な債権保全に走らず、長期的視野で資金供給できたのは、参入規制と競争制限で何重にも守られ、メインバンクはそれぞれ独占的な利得が期待できたからだ。日本経済が成長トレンドで、中長期的な利回りの期待値が高かった事情もある。
企業はなぜ長期雇用を選択したのか
暗黙知の苗床に
これによって、企業経営者には従業員を疑似家族として扱える余裕が生まれた。敵対的組合に悩まされる心配もない。長期雇用という制度的前提が、その企業に固有の熟練技術を育成、蓄積することにも合理性を与えた。いわば暗黙知の苗床となったのである。
制度間に形成された相互依存の構造
終身雇用制とメインバンク制、さらに行政指導のパッケージである「護送船団方式」は、互いに制度に参加するプレーヤーの利得を増幅しており、「制度的補完性」が成立している。
終身雇用制が前提の年金制度
日本型資本主義はこれらの制度の制度的補完性の均衡を中心に、いくつもの均衡が成立し、支えていた。これまでみてきたとおり、産業別よりも企業内組合を基本単位とする労働組合は、終身雇用制を安定化させる装置として機能した。戦後、1950年代後半に設計された年金制度は終身雇用制とは極めて制度的補完性が強い。
国民年金法は1959年に施行された。年金制度のうち、終身雇用制との補完性を特に表しているのが被用者年金の厚生年金だ。当初は、同じ会社で年功序列賃金を受給し続けるモデルが優遇される一方、転職するとペナルティを課されるとも解釈できる算出式になっていた。1985年施行の改正法では3号被保険者(被用者の配偶者)の保険料が無料化されるが、これも夫の終身雇用が前提となっている。
制度と均衡は可変
戦後の一定期間、終身雇用制と制度的補完性を保った制度には、国民の大半が利害にかかわる参加者であるものが少なくない。それだけに制度変更にかかる政治的コストが大きい。だが、制度と、制度的補完性の均衡は存続条件や環境に規定され、本来は、可変である。そこで生じる葛藤については、日米構造協議(SII)ののち、日本型資本主義がどう変容するかを論じる中で解明したい。