第1回では、外部環境であるはずの米ソ冷戦構造と自由貿易体制が日本型資本主義の成立と存続に深くかかわっていることを示した。本稿では、日本型資本主義の基幹制度の一つであるメインバンク制の特性について、検討したい。
メインバンク制の成立する前提条件とは
GHQ政策の空白
メインバンク制が生成される前提は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の政策展開によって生じた空白期間に整った。
GHQは財閥解体の第一弾として持ち株会社や財閥の家族が保有する株式を没収、従業員や地域住民らを含めて広く売却した。一方で、証券取引所の再生には時間をかけた。投資家保護などのルールを固め、株式市場から投機性を排除するためだった。
幻の「証券民主化」
結果的に4年近くにわたり、公式に株式を売買する取引所のない状態が続いた。この間、ハイパーインフレとドッジ・ラインに伴うデフレにさらされ、株券の資産価値は暴落。1949年に証券取引所で取引が再開されたときには、戦前の富裕層が財産税などで壊滅していたこともあり、市場に参加する市民はわずかで、GHQが掲げた「証券民主化」は幻に終わった。
財閥から放出された株式は最終的に財閥グループ企業の手に渡り、株式持ち合いの原資となった。証券市場の不在は企業の資金調達手段を間接金融へと向かわせた。こうした経緯はいずれも、日本型資本主義の萌芽となった。
臨時金利調整法
1947年に制定された臨時金利調整法も、メインバンク制の成立の前提といえるだろう。インフレ対策のための特例という位置づけで「臨時」と銘打っているが、半世紀近く生き延びた、事実上の恒久法である。預金・貸金の金利上限を日本銀行が制限できる、という内容だ。銀行間の金利競争を封じる狙いで、のちの護送船団方式を支える要素となる。
メインバンク制はなぜ必要とされたのか
ではなぜ、メインバンク制が必要だったのか。まず社会的要請から考えてみる。
昭和金融恐慌のトラウマ
日本は1920年代、昭和金融恐慌を経験した。大型倒産が社会不安をあおり、金融システムを脅かす、という悪夢である。戦後の数年間には大量倒産・大量失業という辛酸をなめた。二度とこうした結果を招かない、という決意が、良くも悪くも日本型資本主義の神髄である。
情報の非対称、決済口座握るメインバンク
企業倒産を防ぐには、異変の早期発見・早期処置が望ましい。だが、そこにはいわゆる情報の非対称がある。企業の財務状況を外部から把握するには相応のコストがかかる。経営情報に極めて低コストでアクセスできるのは銀行だけだ。それも主とする決済口座を預かる主取引銀行(メインバンク)に限られる。日々の取引状況を把握できるからだ。
メインバンクはいかなる機能を担ったのか
取引先企業をモニタリング
メインバンクは取引先企業に対し優越的だ。資金供給源であるうえ、株式持ち合いを差配できるという観点から、敵対的買収に対する庇護者でもある。企業が業績不振に陥れば救済者にもなる。この関係性は、メインバンクが決済口座の監視にとどまらず、財務データやインサイド情報まで踏み込んで収集できる環境を物語る。
金融機能が未分化だった1950年代の日本では、リスクマネーも運転資金も主に商業銀行が供給した。企業経営のモニタリングも、企業の発達段階(草創期から終末期まで)を問わず、メインバンクが担うこととなる。
与信管理と連動してガバナンスを肩代わり
モニタリングは単なる監視ではなく、早期処置をも含意する。業績好調時は放任するが、成長が鈍ると担保の積み増し(いわゆる歩積み両建てなど)を求め、赤字に陥ると経営に介入する(経営人材の派遣)――。状況に応じて細かく与信管理し、ガバナンスを肩代わりすることで倒産コストを極小化した。
メインバンク側に動機はあったのか
「相乗り融資」のコスト圧縮
銀行にも、この重責を担うに足る動機があった。コスト圧縮とリスク回避である。企業は成長するに伴い、複数の銀行から融資を受けるようになる。未分化な金融市場で、銀行がすべての貸出先を全力で与信審査するのは現実的ではない。情報の非対称もある。主決済口座とモニタリング責任を紐づけ、メインバンク以外の銀行の審査負担を免除すれば、業界全体でみれば総コストの圧縮効果は大きい。「相乗り融資」を支える制度的担保となる。
これを可能にするのが護送船団方式だ。預金・貸出金利に制限を設け、出店も許可制にして金融当局がこと細かに介入する。「競争させない。落ちこぼれを出さない」という金融行政の決意から生まれた「相乗り融資」システムが、メインバンク制の合理性を補強した。
情報独占しリスク回避
モニタリングの説明で、貸出先が業績不振に陥ったら経営に介入する、と書いた。役員を派遣するのは親切心からではない。経営権を握り、資産を管理して債権を回収するのが目的だ。
清算がいいのか、再生か、事業継承を目指すのか。企業の出口戦略を決める責任はメインバンクが負う。私的整理で、融資各行に債権放棄を要請するとなれば、メインバンクが了解を取り付けなければならない。そうした非常時にも、メインバンクは圧倒的な情報量をもって、債権保全をはじめとする、みずからの経済合理性を最優先して判断を下すことができる。
メインバンク制は日本に特有の制度なのか
資本市場の未成熟映す
業績が好調な時は放任し、業績が悪化すれば経営に介入する――。状況に応じて、銀行にガバナンスの権利が移るシステムはメインバンク制に特有のものだ。資本市場が成熟している英米型のシステムでは、常時、株主など社外のステークホルダーが監視することが予定されている。
メインバンク制のもう一つの役割
行政指導のブースター
メインバンク制は行政指導の機能を最も有効にする制度の一つだ。国家の産業政策を円滑に遂行するには、金融面の側面支援が最も効果が大きい。仮に政策に反して投資しようとする企業があっても、銀行が資金供給を拒めば、実現は難しい。少なくとも1970年代までは、自由に社債を起債するなど資本市場から資金調達するのは容易ではなかった。
1950~80年代にかけて、日銀は市中銀行に対し「窓口指導」を行った。一般には、融資額の上限を決める金融引き締め策と理解されている。だが、その中で、資金運用の優先順位を示し、鉄鋼や電力などの基幹産業への融資を優先させたり、輸出入の際に扱う手形の金利設定について指示したりすることがあったという。官僚機構と金融機関が足並みをそろえて恣意的な資金循環を創り出すのは、戦後混乱期の傾斜生産方式を連想させる。こうした慣行が、のちに日米構造協議で合理性を欠く不透明な融資と指弾されることになる。
国家と企業を結ぶ結節点に位置し、スタビライザー機能を果たしたメインバンク制は企業のガバナンス機能をも肩代わりした。そして、1980年代に金融自由化の風が吹き始めるまで、日本の成長の原動力となった。